御手紙/シド
あの日、宮城県の女川では、こんなことがあったそうです。
高台に、車に乗った人々が続々と避難してきた。真っ暗闇の中で過ごす最初の夜。周りにいる人たちに向かって、ひとりの男が、こう叫んだと。
「ここをキャンプ地とする!」
周りにいるみんなは、思わず笑ってしまったそうです。
その男は、高橋という名で、彼の家は女川で「高政」という蒲鉾屋をやっています。「高政」の工場は、津波の被害が他よりも少なく、浸水はしたけれど、動かせるラインがあった。そして、工場の冷蔵庫には、蒲鉾の材料になるすり身が大量にあった。それで「高政」は、震災の数日後にはそのラインを動かし、どんどん蒲鉾を作り、町の人たちにどんどん配ったそうです。
その高橋という男が、わざわざ札幌まで足を運び、我々に会いに来てくれました。
今週末、18日の日曜日に女川でイベントがあるそうです。そのイベントに、来てくれないかと。
彼は、今回のイベントの意味をこう話してくれました。
「もう、野次馬でも物見遊山でも構わないから、今は、とにかくたくさんの人に女川に来てほしいんです。両親を亡くした女子高生の子は、これまで取材が来るたびに逃げていました。でも今は、自分から『取材を受けます』と言っています。ぼくも、テレビだろうが雑誌だろうが、それがどういうふうに扱われようと、取材を受けていこうと思います。だって、一番怖いのは、女川を忘れられてしまうことですから。忘れられて、誰も来なくなったら、復興なんかできませんから」と。
それを聞いて、嬉野さんは言いました。
「だったら、私のような人間でも、ようやく被災地に行けます。自分は震災の被害を受けていない人間だから、あなたたちの気持ちはいくら想像したってわからない。『わかったつもり』すらできない。だから、一緒に悲しむこともできない。気の利いた言葉をかけることもできない。それどころか不謹慎なことを言ってしまうかもしれない。そんな人間だから、震災の話も簡単にはできない。でも、こんな人間でも来ていいと言ってくれるのなら、私もようやく行けます」と。
日曜日、私と嬉野さんで女川に行きます。
東北の諸君。遅くなりました。
すぐに行けず、申し訳ありませんでした。
諸君はもう、十年以上も前から我々の番組を知っていてくれました。ずいぶん前から我々の友だちでいてくれておりました。
でもこの番組は北海道で生まれたから、諸君は、幼なじみの友だち、という間柄ではないでしょう。でも私は、北海道からやって来た転校生に、最初に声をかけてくれた、涙が出るほどうれしい友だち、そんな間柄であると、勝手に思っています。
キミたちは、この1年を、どう過ごしていましたか。
ずいぶん遅くなってしまったけれど、勝手に親友と思っているキミたちに、ようやく会いに行こうと思ってます。
一緒に、酒でも飲みましょう。
日曜日に女川の総合運動場で開かれるイベント「女川町復幸祭」でお会いしましょう。
イベントの詳細は、まもなく告知されるそうですので、お待ちください。
高橋くんの家は、その後、「女川で生き残っている数少ない会社ですから」と、女川の人たちを新たに従業員に雇っているそうです。無理をして。
でも、「高政」が作っている蒲鉾は、バカみたいに肉厚で、バカみたいに美味しいです。女川に来て、たくさん食べたほうがいいですよ、これは。
[水曜どうでしょう official website] (via petapeta)
(clioneから)
日本人はとても人目を気にする。
しかし、そんな必要は全くないのだ。
なぜなら、誰もあなたのことなど気にしていないからだ。
かなり昔の竹村健一さんの本に、「あなたがチンドン屋みたいな格好してたって、他人は大して気にしないものだ」と書かれていたが、現在では、さらにそうなのである。
ところが、おかしなことに、人目を気にすることに関しては、昔よりずっと強くなっているのである。
つまり、誰も気にしていないに関わらず、人々は他人の目にひどく敏感なわけである。
滑稽な話である。
これはどういう訳かというと、人々が自分にしか関心を持たなくなっているのである。
自分への関心が強いのは幼稚な人間だ。つまり、我々は、ますます幼児化しているのである。
愚かにも、自分のことが頭から離れないのだ。
自分の見栄え、持ち物、評価・・・・そんなことが気になって仕方がない。
だが、あなたが世界一の愚か者だと思われていようと、そんなこと、誰も知ったことではないのである。
だが、自分は関心を持たれていると感じられることもあるかもしれない。
それは、誰かが、あなたに対し、自分に関心を持ってくれる人間として関心を持っているというだけのことだ。それは、確かに物凄く強いものだ。
しかし、あなた自体に関心がある訳ではないのだ。
誰もあなたのことなどに関心はない : ITスペシャリストが語る芸術 (via itokonnyaku)
(clioneから)
前にも書きましたけど、会社の監視サーバのアラート音をマリオがコイン取った時の音にしたらエラー出るたびにコイーンコイーン鳴ってちょっとバブリーな雰囲気になります。さっきから無限レベルアップできるんじゃないかってくらい鳴ってて、つまり今、緊急事態です。 (http://bit.ly/wCDrWk)
from http://bit.ly/yyChcS (via kiri2)
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自動テストが書けないプログラマーはレガシープログラマー
今春“プロ”グラマーになる人が、あと1週間ですべき7のこと | Act as Professional - hiroki.jp by HIROCASTER (via hepton-rk)
東日本大震災から1周年、ここに一同と共に、震災により失われた多くの人々に深く哀悼の意を表します。
1年前の今日、思いも掛けない巨大地震と津波に襲われ、ほぼ2万に及ぶ死者、行方不明者が生じました。その中には消防団員を始め、危険を顧みず、人々の救助や防災活動に従事して命を落とした多くの人々が含まれていることを忘れることができません。さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、危険な区域に住む人々は住み慣れた、そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。
この度の大震災に当たっては、国や地方公共団体の関係者や、多くのボランティアが被災地へ足を踏み入れ、被災者のために様々な支援活動を行ってきました。このような活動は厳しい避難生活の中で、避難者の心を和ませ、未来へ向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。この機会に、被災者や被災地のために働いてきた人々、また、原発事故に対応するべく働いてきた人々の尽力を、深くねぎらいたく思います。
また、諸外国の救助隊を始め、多くの人々が被災者のため様々に心を尽くしてくれました。外国元首からのお見舞いの中にも、日本の被災者が厳しい状況の中で互いに絆を大切にして復興に向かって歩んでいく姿に印象付けられたと記されているものがあります。世界各地の人々から大震災に当たって示された厚情に深く感謝しています。
被災地の今後の復興の道のりには多くの困難があることと予想されます。国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくようたゆみなく努力を続けていくよう期待しています。そしてこの大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、防災に対する心掛けを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います。
今後、人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い、御霊(みたま)への追悼の言葉といたします。
犠牲者に深く哀悼…天皇陛下お言葉の全文 (読売新聞) - Yahoo!ニュース (via tnoma)
(yamatoから)
セットリストのど真ん中に、震災から1年間、夏フェスでもテレビでも歌い続けてきたProgressを持ってきた。
MCで、おれは
「震災直後の生放送の歌番組で、伝えきれなかった想いを、今日は歌いに来た。」
そう話して、ゆっくりとProgressをはじめた。
Progressを歌い進めていくと、前方椅子席の人がたくさん泣いてた。
下を向いて、顔を抑えている人も大勢いた。
立ち見の男性も、ボロボロ泣いてた。
それを見ちゃうと、泣いてる人たちと同じところに立っちゃうと、また、あのテレビの時と同じになってしまう。
だから、ずっと前だけ向いて歌った。
歌う覚悟を、しっかり持って歌った。
歌うということは、一緒に涙を流すことではないことを、おれはあの時、学んだ。
そしたら、ちゃんと最後まで歌うことができた。
「震災直後の生放送の歌番組で、伝えきれなかった想いを、今日は歌いに来た。」
そう話して、ゆっくりとProgressをはじめた。
Progressを歌い進めていくと、前方椅子席の人がたくさん泣いてた。
下を向いて、顔を抑えている人も大勢いた。
立ち見の男性も、ボロボロ泣いてた。
だから、ずっと前だけ向いて歌った。
歌う覚悟を、しっかり持って歌った。
歌うということは、一緒に涙を流すことではないことを、おれはあの時、学んだ。
そしたら、ちゃんと最後まで歌うことができた。
被災地で歌う、ということ。|スガ シカオ オフィシャルブログ コノユビトマレ Powered by Ameba (via clione)
(clioneから)
sid:aki
(fp69から)
平安の祈り
神さま、私にお与えください
自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを
変えられるものは変えてゆく勇気を
そして、二つのものを見分ける賢さを
The Serenity Prayer
God grant me the serenity to accept
the things I cannot change,
courage to change the things I can,
and wisdom to know the difference.
———————
平安の祈り(The Serenity Prayer)は12ステッププログラムで使われる祈りです。無名のアルコール依存症者の集まり(AA)の発足当初、あるメンバーが新聞で読み感銘を受 け、AAオフィスの壁に貼ったのが使用のはじまりといわれています。SAグループにおいても、ミーティングのはじめと終わりに唱えます。
出典には諸説あり、その大意はイタリアの哲学者ボエティウス(Boethius 480?-524)の『哲学の慰め』に遡るという説があります。この祈りそのものは1943年夏にマサチューセッツ州の教会において、アメリカの神学者ラインホールド・ニーバー(Reinhold Niebuhr1892-1971)が唱えたものです。
冒頭の「神」について、SAグループでは具体的な宗教上の神ではなく、「自分の外にある自分を超えた偉大な力」と理解されています。
自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを
変えられるものは変えてゆく勇気を
そして、二つのものを見分ける賢さを
The Serenity Prayer
the things I cannot change,
courage to change the things I can,
and wisdom to know the difference.
平安の祈り(The Serenity Prayer)は12ステッププログラムで使われる祈りです。無名のアルコール依存症者の集まり(AA)の発足当初、あるメンバーが新聞で読み感銘を受 け、AAオフィスの壁に貼ったのが使用のはじまりといわれています。SAグループにおいても、ミーティングのはじめと終わりに唱えます。
祈り - SA-JAPAN 無名の性依存症者の集まり (via clione)
(clioneから)



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